第1章 仕事が生まれる(営業・提案・見積もり)
分厚い封書が、
届いた。
この章の、経営の問い
この案件は取るべきか。
取ったとして、利益は出るか。
場面1 四月のある朝、営業本部にて
つばさ損害保険から、提案依頼書(RFP)が届きました。30年使ってきた保険契約・支払いの基幹システムを、丸ごと作り直したいという内容です。
早瀬(営業本部長)
つばさ損保さんが、基幹システムを全部作り直すそうだ。声がかかったのは、うちを入れて四社。締め切りは二か月後。
真壁(プロジェクトマネージャー)
全部、ですか。30年分の古い仕様が眠っているシステムですよ。
早瀬
だからこそ大きい。ざっと何人月になるか、見てくれないか。
── 三週間後 ──
真壁
約12,500人月です。200人で5年。金額にすると、約200億円になります。
小野寺(経理担当)
うちの年間売上の約2割……。取れたら大きいですが、見積もりが外れたときの痛みも大きいですね。
会話に出てきたことば(押すと開きます)
- 提案依頼書(RFP)
- 発注者が「こんなシステムを作りたいので、提案と見積もりをください」と複数の会社に配る文書。各社はこれを読んで、提案書と見積書を返します。
- 基幹システム
- 会社の中心となる業務(保険会社なら、保険の契約、保険料の受け取り、保険金の支払い)を処理するシステム。止まると会社の仕事が止まります。
- 人月(にんげつ)
- 1人が1か月働く作業量の単位。12,500人月は「約200人が約5年」働く量です。
見積もりの組み立て方
12,500人月は、
どこから出てきたのか。
真壁のチームは、作るべき画面や機能、つなぐべき周りのシステムを一つずつ洗い出し、工程ごとに必要な作業量を積み上げました。
- 1年目要件定義 約600人月何を作るかを、つばさ損保と一緒に決める
- 2〜4年目設計・開発・テスト 約9,700人月設計図を描き、プログラムを作り、確かめる。一番大きな山
- 5年目移行・本番稼働 約2,200人月古いシステムのデータを移し、新しいシステムに切り替える
これに平均単価の約160万円をかけると、約12,500人月 × 約160万円 = 約200億円。これが見積額、つまり受注できれば売上になる金額です。
数字で見る
200億円の、
中身をのぞいてみる。
200億円のうち、実際に作るためにかかる費用(原価)が約150億円。会社に残る粗利は約50億円です。
原価 約150億円 + 粗利 約50億円 = 見積額 約200億円(粗利率25%)
ここで早瀬と真壁が気にしたのは、粗利の「厚み」です。原価が見積もりより1割増えると、粗利50億円のうち15億円が消えます。2割増えれば30億円。大型案件ほど、小さなずれが大きな金額になります。
ここで出てきたことば(押すと開きます)
- 粗利(あらり)・粗利率
- 売上から、作るのに直接かかった費用(原価)を引いた残りが粗利です。粗利率は、粗利が売上の何%かを表します。会社の家賃や管理部門の費用は、この粗利の中からまかなわれます。
- 外注費
- 協力会社に一緒に働いてもらうために払うお金。社員の給料と並ぶ、原価の大きな柱です。
経営会議で確かめること
取るか、取らないか。
五つの観点で見る。
| 観点 | この案件の状況 | 見立て |
|---|---|---|
| 売上の規模 | 年間売上の約2割。5年間、毎年およそ40億円の売上になる | 魅力が大きい |
| 利益 | 粗利率25%。ただし原価が1割増えると15億円減る | 余裕は小さめ |
| 体制 | ピーク時に約300名。社員だけでは足りない | 要確認 |
| リスク | 30年分の古い仕様が残り、作業量が膨らみやすい | 要注意 |
| 次につながるか | 本番稼働後、長く続く保守の契約が見込める | 魅力が大きい |
あなたが経営会議のメンバーなら?
この案件に、
どう答えますか。
スピード重視の答えです。ただ、真壁が心配していた古い仕様のリスクに手当てがないまま取ると、第6章のような「粗利が溶ける」展開を招きやすくなります。
慎重な答えです。赤字のリスクは避けられますが、年間売上の約2割にあたる機会と、稼働後に続く保守の収入も手放すことになります。
まさに、蒼樹が選んだ答えです。「取るか、取らないか」の二択ではなく、どんな条件なら利益を守れるかを考えるのが経営の目線です。
蒼樹の経営会議が出した答え:C
条件は二つ。一つ目は、まず要件定義だけを先に契約し、作業量を見極めてから開発の契約を結ぶこと(第2章へ)。二つ目は、ピーク時の人員を協力会社と事前に約束しておくこと(第4章へ)。
場面2 六月、提案の結果
早瀬
決まったぞ。つばさ損保さんは、うちを選んでくれた。決め手は「工程を分けて契約する」という提案だったそうだ。
真壁
お客様にとっても、最初に全部の金額を約束しなくていいのは安心材料ですからね。さて、ここからが本番です。
小野寺の経理メモ
この段階では、帳簿にまだ売上も原価も載りません。ただ、真壁のチームが見積もりに使った三週間分の人件費は、受注できなくても発生しています。大型案件ほど、この「提案コスト」も大きくなります。
もう一つ。受注が決まると、会社の「受注高」と「受注残高」という数字が増えます。まだ売上ではありませんが、これから売上になる仕事の量を表す、大事な先行指標です。終章でもう一度出てきます。
この章のポイント
- ITの見積もりは「必要な作業量(人月) × 単価」で組み立てる。
- 大型案件ほど、原価の小さなずれが粗利を大きく削る。
- 経営の判断は「取るか、取らないか」だけでなく「どんな条件なら利益を守れるか」。