第2章 契約する(請負と準委任)
同じ200億円でも、
契約の形で
責任がまるで違う。
この章の、経営の問い
失敗したとき、
誰がどこまで責任を負うのか。
場面1 七月、つばさ損保の会議室にて
契約の話し合いが始まりました。つばさ損保側の窓口は、情報システム部長の宮下です。
宮下(つばさ損保 情報システム部長)
社内では「200億円で完成まで約束してもらう、一本の契約にしてほしい」という声が強いんです。そのほうが、こちらも安心なので。
真壁
お気持ちはよくわかります。ただ、何を作るかが決まっていない今の段階で「完成」を約束すると、どちらかが無理をすることになります。
早瀬
そこで、工程ごとに契約を分けるご提案です。決まっていないところは一緒に進める契約、決まったところは完成を約束する契約に。
二つの契約の形
「完成」を約束するか、
「仕事ぶり」を約束するか。
ITの仕事の契約は、大きく「請負(うけおい)」と「準委任(じゅんいにん)」の二つに分かれます。どちらも民法に定められた契約の形です。
| 請負 | 準委任 | |
|---|---|---|
| 約束するもの | 仕事を完成させること | 決められた仕事を、専門家として注意深く行うこと |
| 代金をもらえる条件 | 完成して引き渡したとき(お客様の検収)が基本 | 仕事をしたこと(期間や時間に応じて) |
| 完成しなかったら | 原則、代金をもらえない。損害賠償を求められることも | 注意を尽くしていれば、完成しなくても代金をもらえる |
| 完成後に不具合が出たら | 直す、代金を減らすなどの責任を負う(契約不適合責任) | 原則として負わない(注意を怠った場合は別) |
| 蒼樹から見たリスク | 大きい。見積もりが外れると赤字になる | 小さい |
| 向いている工程 | 作るものが決まっている工程 | 作るものを決める工程、お客様と一緒に進める工程 |
ここで出てきたことば(押すと開きます)
- 検収(けんしゅう)
- 納品されたものが注文どおりかを、お客様が確かめて受け取ること。請負では、検収が終わると代金を請求できるのが一般的です。
- 契約不適合責任
- 引き渡したものが契約の内容に合っていなかったときに、売り手や請負人が負う責任。2020年の民法改正までは「瑕疵(かし)担保責任」と呼ばれていました。いつまで責任を負うかは、契約で決めることが多いです。
- 成果完成型の準委任
- 準委任の中には、成果物を納めたことに対して代金を払う形もあります(2020年の民法改正で明確になりました)。契約書の名前だけでなく、中身を読むことが大切です。
蒼樹の提案した契約の形
200億円を、
三つの契約に分ける。
何を作るかを決める工程は準委任、作るものが決まった工程は請負。工程の性質に合わせて、契約の形を変えました。
- 1年目要件定義 準委任 約10億円つばさ損保と一緒に、何を作るかを決める
- 2〜4年目設計・開発・テスト 請負 約155億円決まった内容どおりに、システムを完成させる。蒼樹が完成の責任を負う
- 5年目移行・本番稼働の支援 準委任 約35億円データの引っ越しと切り替えを、つばさ損保と一緒に進める
左から、要件定義(準委任 約10億円)、設計・開発・テスト(請負 約155億円)、移行・本番稼働の支援(準委任 約35億円)。合計 約200億円。
こうして分けておくと、要件定義が終わった時点で作業量を見直し、開発の金額を決め直せます。最初に全部を約束しない分、お互いに無理のない契約になります。ただし、請負の155億円については、蒼樹が完成の責任を負うことに変わりはありません。
あなたが契約交渉の担当なら?
設計・開発・テストの155億円。
どんな契約にしますか。
お客様には喜ばれます。ただ、途中で「ここも変えてほしい」と言われたときの決まりがないと、追加の作業を無償で抱え込むおそれがあります。
蒼樹のリスクは小さくなりますが、完成の責任をすべてお客様が負う形になります。大型開発でこれを求めると、競合に負けるか、価格交渉で不利になりがちです。
蒼樹が選んだ形です。完成の責任は負う。そのかわり、仕様を変えるときは「影響を見積もり、合意してから進める」ルールを最初に決めておきます。
蒼樹の答え:C
契約書には「仕様変更の手続き」の条項を入れました。追加の要望が出たら、作業量と金額への影響を見積もり、両社で合意してから着手する決まりです。この条項が、第6章で効いてきます。
場面2 契約書の束を前に
小野寺
同じ案件なのに、契約が三つ。しかも形が違うと、売上の立ち方も変わるんですよね。
真壁
そこは経理の出番です。いつ請求できるかの条件も、契約ごとに違いますから。
小野寺の経理メモ
契約の形は、売上の立て方に直結します。準委任は、仕事をした月ごとに売上を立てるのが基本です。請負は、一定の条件を満たせば、完成を待たずに進み具合に応じて売上を立てます。この仕組みは第5章でくわしく見ます。
もう一つ、印紙税。請負の契約書は印紙税がかかる文書(第2号文書)にあたり、金額が大きいほど税額も上がります。準委任の契約書は原則として対象外ですが、取引の条件によっては別の種類の文書にあたることもあるため、契約書ごとに確認が必要です。
この章のポイント
- 請負は「完成」を、準委任は「専門家としての仕事ぶり」を約束する契約。
- 何を作るか決まっていない工程は準委任、決まった工程は請負が向いている。
- 請負で引き受けるなら、仕様を変えるときのルールを最初に決めておく。