第5章 お金の流れ(売上・原価・プロジェクト損益)
まだ完成していないのに、
売上が立つ不思議。
この章の、経営の問い
どの案件が儲かっていて、
どれが危ないか。
場面1 2年目の決算、経理部にて
早瀬
今期、つばさ損保さんの開発契約で売上が約39億円か。まだ設計とプログラミングの途中だよね。完成していないのに、もう売上になるの?
小野寺
なるんです。完成を待たずに、進み具合に応じて売上を少しずつ立てていく決まりがあって。しかも請求書は、まだ1枚も出していません。
早瀬
請求していないのに売上? ちょっと詳しく教えてくれないか。
売上の立て方
契約の形によって、
売上の立て方が変わる。
第2章で分けた三つの契約は、売上の立て方もそれぞれ違います。
- 準委任要件定義・移行支援仕事をした月ごとに売上を立てる。1年目の要件定義なら、1年で約10億円
- 請負設計・開発・テスト条件を満たすので、完成を待たずに「進み具合(進捗度)」に応じて売上を立てる
では、進み具合はどう測るのか。この案件では「使った原価」を物差しにします。見積もった原価の総額のうち、どれだけを使ったかを進み具合とみなす方法です。
進み具合 = これまでに使った原価 ÷ 見積もった原価の総額
売上(累計)= 契約金額 × 進み具合
2年目末の数字を入れてみます。
- これまでに使った原価
- 約29億円
- 見積もった原価の総額
- 約116億円
- 進み具合
- 25%
- 売上(155億円 × 25%)
- 約39億円
会計のルールをもう少し正確に(押すと開きます)
- 収益認識に関する会計基準
- 売上をいつ、いくら計上するかを定めた日本の会計基準(企業会計基準第29号)。2021年4月以降に始まる事業年度から適用されています。
- 一定の期間にわたり売上を立てる条件
- たとえば「お客様専用のもので、ほかに転用できない」「途中までの作業の分も代金を受け取る権利がある」といった条件を満たす場合、完成を待たずに進捗度に応じて売上を立てます。受注制作のソフトウェア開発は、これに当てはまることが多い取引です。
- 原価比例法
- 使った原価の割合で進捗度を測る方法。見積もった原価の総額が正しいことが前提になるため、その見積もりの見直しがとても大切です。
経理担当として答えるなら?
2年目末。請求書はまだ0枚。
この開発契約の今期の売上は?
昔の考え方(完成してから売上を立てる方法)に近い答えです。この案件は進捗度に応じて売上を立てる条件を満たすので、請求していなくても売上になります。
正解です。請求のタイミングとは関係なく、仕事の進み具合に応じて売上を立てます。
契約を結んだだけでは、まだ何も仕事をしていません。契約の金額は「受注高」として管理しますが、売上にはなりません。
小野寺の答え:B
請求していない39億円は、貸借対照表に「契約資産」として載ります。まだ請求書を出していないけれど、仕事をした分の代金を受け取る権利がある、という意味です。請求書を出すと、売掛金に変わります。
案件全体の損益計画
200億円は、
5年間に分かれて売上になる。
三つの契約をまとめると、当初の計画では毎年次のように売上と原価が立ちます。これが「プロジェクト損益(PJ損益)」の計画です。
| 年 | 主な契約 | 売上 | 原価 | 粗利 |
|---|---|---|---|---|
| 1年目 | 要件定義(準委任) | 10.0 | 7.5 | 2.5 |
| 2年目 | 開発(請負) | 39.0 | 29.0 | 10.0 |
| 3年目 | 開発(請負) | 63.0 | 47.0 | 16.0 |
| 4年目 | 開発(請負) | 53.0 | 40.0 | 13.0 |
| 5年目 | 移行支援(準委任) | 35.0 | 26.5 | 8.5 |
| 合計 | 200.0 | 150.0 | 50.0 |
開発(請負)の年ごとの売上は、その年に使う原価の割合(29 : 47 : 40)で155億円を分けたものです。
売上と入金は別もの
売上は立っても、
お金はまだ入ってこない。
開発契約の請求は、「詳細設計の完了」「製造の完了」「総合テストの完了」の三回と決まっています。最初の請求は3年目の春です。
一方で、社員の給料と協力会社への外注費は毎月出ていきます。2年目の1年間だけで、約29億円のお金が先に出ていき、入ってくるのは翌年以降。大型案件は、会社の資金繰りにも大きな影響を与えます。
経営の問いに答える
案件を並べると、
危ないものが浮かび上がる。
蒼樹の経営会議では、毎月すべての案件のPJ損益を一覧で確認しています。見るのは、いまの見込みの粗利率と、受注したときからどれだけ変わったかです。
| 案件 | 受注額 | 見込み粗利率 | 受注時から |
|---|---|---|---|
| つばさ損保 基幹システム刷新 | 200億円 | 25% | 変化なし |
| 物流会社 倉庫管理システム | 18億円 | 31% | 2pt改善 |
| 地方銀行 ネットバンキング | 9億円 | 12% | 10pt悪化 |
| 製薬会社 データ基盤 | 6億円 | 28% | 変化なし |
「儲かっているか」は粗利率の高さで、「危ないか」は受注時からの悪化の幅で見ます。この表では、地方銀行の案件が要注意です。そして翌年、つばさ損保の案件もこの表で赤信号をともすことになります。
小野寺の経理メモ
原価比例法では「見積もった原価の総額」が売上の計算の分母になります。分母が変われば、過去に立てた売上も含めて計算し直しになります。だから、この見積もりは会計上の重要な見積りとして、監査でも重点的に確かめられます。
出納の目線では、売上が立ってから入金されるまでの間、会社が給料や外注費を立て替えている状態です。大型案件を抱えると、この立て替えの金額も大きくなります。
この章のポイント
- 準委任は仕事をした月ごとに、請負は条件を満たせば進捗度に応じて売上を立てる。
- 進捗度は「使った原価 ÷ 見積もった原価の総額」で測る。請求していない分は契約資産になる。
- 案件の危うさは、受注時からの粗利率の悪化の幅で見る。