第6章 うまくいかないとき(追加要望・遅延・赤字案件)
「ついでにこれも」が
積み重なり、
粗利が溶けはじめる。
この章の、経営の問い
赤字の芽を、
どう早く見つけるか。
場面1 3年目の7月、開発の現場で
第3章で見つかった「遅れていて、しかも高くついている」状態。真壁が原因を調べると、意外なものが出てきました。
真壁
つばさ損保の担当者さんから、画面の項目を一つ足してほしい、帳票の形を少し変えてほしい、という依頼が積み重なっていた。数えたら約180件。
開発チームのリーダー
一つひとつは半日で終わる話だったので、その場で引き受けていました。断るとお客様との関係が悪くなるかと思って……。
真壁
一つは半日でも、関連する設計の直しやテストのやり直しまで含めると話が違う。古いシステムの仕様を読み違えていた分も重なって、追加の作業は約2,000人月。原価にすると24億円分だ。しかも追加要望は、契約で決めた変更の手続きを通していなかった。
ここで出てきたことば(押すと開きます)
- スコープ・クリープ
- 小さな追加要望が少しずつ積み重なり、作る範囲(スコープ)が知らないうちに膨らんでいく現象。大型案件で赤字になる、典型的な原因の一つです。
- 変更管理
- 仕様を変えるときに、作業量や金額への影響を見積もり、双方が合意してから進める手続き。第2章で契約に書き込んだ決まりです。
場面2 9月、臨時の経営会議
真壁
開発契約の、見積もった原価の総額を、116億円から140億円に見直させてください。
早瀬
24億円も……。粗利が39億円から15億円になるということか。
小野寺
それだけではありません。進み具合の分母が大きくなるので、今期の売上も減ります。今期は計画の63億円から45億円に。今期の粗利は、マイナス2億円です。
見直しが、数字に与える影響
分母が変わると、
今期の売上まで変わる。
第5章の式を思い出してください。進み具合は「これまでに使った原価 ÷ 見積もった原価の総額」でした。3年目末までに使った原価は約76億円です。
| 当初の見積もり | 見直し後 | |
|---|---|---|
| 見積もった原価の総額 | 116 | 140 |
| 3年目末までに使った原価 | 76 | 76 |
| 進み具合 | 約66% | 約54% |
| 売上の累計(155 × 進み具合) | 約102 | 約84 |
| 2年目までに立てた売上 | 39 | 39 |
| 3年目の売上 | 63 | 45 |
| 3年目の原価 | 47 | 47 |
| 3年目の粗利 | 16 | −2 |
案件全体ではまだ黒字(粗利15億円)なのに、この年だけを見ると赤字になります。見積もりを見直した年に、それまでの進み具合のずれをまとめて調整するためです。経営にとっては、見直しが遅れるほど、ある年に突然大きな穴があくことになります。
あなたが経営会議のメンバーなら?
積み重なった追加要望。
どう手を打ちますか。
出血は止まりますが、つばさ損保の業務に本当に必要な変更まで止めてしまいます。お客様の信頼を失えば、第7章の保守契約も危うくなります。
今の関係は保てますが、粗利はさらに溶けていきます。見積もった原価が契約金額を超えると、案件全体が赤字になります。
蒼樹が選んだ答えです。契約に書いた変更の手続きに立ち返り、これまでの要望も一件ずつ「当初の範囲内か、範囲外か」を確かめました。
蒼樹の答え:C
約180件を仕分けたところ、半分ほどは当初の範囲外でした。早瀬と真壁は宮下部長と話し合い、範囲外の分について約12億円の変更契約を結びました。これからの要望は、必ず手続きを通すことも確認しました。
変更契約のあと
取り戻せたのは、
24億円のうち12億円。
| 受注時 | 見直し直後 | 変更契約後 | |
|---|---|---|---|
| 契約金額(売上) | 155 | 155 | 167 |
| 見積もった原価の総額 | 116 | 140 | 140 |
| 粗利(粗利率) | 39(25%) | 15(10%) | 27(16%) |
案件全体で見ると、売上は約212億円、原価は約174億円、粗利は約38億円(粗利率 約18%)に着地する見込みです。受注時の50億円には届きませんが、赤字は避けられました。
もし原価が契約金額を超えていたら(押すと開きます)
- 受注損失引当金
- 見積もった原価の総額が契約金額を上回り、案件全体で損失が出ると見込まれたときは、その損失をまだ発生していない分も含めて、見込んだ時点で費用として計上します。たとえば契約155億円に対して原価160億円と見込んだら、損失の見込み額をその期にまとめて計上します。赤字案件は、見つけた時点で決算に表れるということです。
経営の問いに答える
赤字の芽は、
こんなところに出る。
振り返ると、サインは早くから出ていました。蒼樹は、次の五つを毎月のPJ損益の確認項目に加えました。
- 追加要望の件数が増えているのに、変更契約が増えていない
- 終わった作業の割合より、使った原価の割合が大きい(第3章)
- 残業や協力会社の追加が、何か月も続いている
- 見積もった原価の総額が、見直すたびに少しずつ上がっている
- 「あと少しで終わる」という報告が、何週も続いている
小野寺の経理メモ
見積もった原価の総額は、現場の判断で決まる数字ですが、売上と利益に直接響きます。だから経理は、見直しのたびに「なぜ増えたのか」「いつ分かったのか」を確かめ、根拠を残しておく必要があります。監査でも、ここは必ず聞かれるところです。
そして、見直しは早いほど傷が浅くて済みます。悪い知らせほど早く数字にする。それが経理にできる、赤字の芽を摘む手伝いです。
この章のポイント
- 小さな追加要望の積み重ねが、大型案件の粗利を溶かす典型的な原因になる。
- 原価の見積もりを見直すと、その年の売上と利益がまとめて動く。損失が見込まれれば、その時点で計上する。
- 変更の手続きを守り、赤字のサインを毎月の数字で確かめる。